2008年1月18日金曜日

南部イラクの部族の大会でイラク自由会議が暖かく歓迎され、その政策が行動計画として採択される

イラク自由会議 バスラ・メディアセンター 2007年12月8日
 「占領にNO、宗派主義と屈従にNO、石油ガス法にNO」のスローガンの下で、南部イラクの諸氏族が2007年12月8日にバスラ州で大規模な大会を開催した。これらの氏族はイランによるイラクの国内問題、特にバスラ市への介入に強く反対している。
 過去4年間の行為のゆえに、宗教政党や宗教組織は大会に招待されなかった。しかし、イラク自由会議はテロと占領と宗派主義に強く反対しているがゆえにこの大会への参加を呼びかけられた。
 イラク自由会議は、アブ・ワッタンが代表となり、いくつかの大会決議の策定に有力な役割を果たし、それはアルジャジーラ・テレビにも報道された。
1.反石油法戦線の闘争を支持する。
2.石油法案を拒否し、法案を阻止するように諸政党に呼びかける。
3.キルクーク市における人間としての出自を維持し、平和的な共生を可能にする特別の措置   を提供する。
4.イラク人の殺害あるいはあらゆる種類の腐敗に関与しなかった全ての囚人と拘束者を釈放   する。
5.宗派間の殺人と民族浄化を止める。
6.民族や宗派をもとにしてイラク社会を分断する連邦主義を拒否する。
 特筆するだけの価値があることだが、多数の発言者が占領と、テロと、宗派主義と、イランによる介入を強く糾弾した。
 ナシリヤの代表団と多数の警察署長がこの大会に参加した。イラク自由会議の代表団は、アブ・ワッタンIFC中央評議員とアブデル・カリム・カセムIFC中央評議員補佐で構成された。
 この大会はアルシャルキアやバビリヤやアルジャジーラなど、多数の衛星放送チャンネルに報道され、アブ・ワッタンに焦点が当てられた。その発言は対イラン戦争を開始しようとするアメリカの脅迫を強く糾弾していることを知ったジャーナリストたちの注目を集めた。