2008年1月18日金曜日

女性を殺害するギャングどもに反対して立ち上がらなければならない

身元不明のギャングどもがイラクの各都市で一連の組織犯罪と多数の女性の殺害を開始し、特にバスラでは最近の5ヶ月間で40人以上の女性が殺害された。そうした犯罪に加えて、これらのギャングどもはベール[ヒジャブ]をかぶらない女性に対してイスラム法に従って頭にスカーフを着ろ、そうしなければ厳しい結果になるぞ、と脅迫した。こんな残虐行為がバスラとイラク全土の女性とその家族の中にパニックを広げたにも関わらず、政府はそのような犯罪者たちを止める動きを全く作らなかった。この種の行為は、そのような犯罪の背後にイラク社会にイスラム法を押しつけようと必死になっている宗教グループが存在することを暴露している。このような行為と残虐な行いが、略奪や盗みや腐敗や反対者に対する暗殺のために利用されている民兵を基盤とした4年間のあげく、こうしたグループが政治的、社会的な力をおとろえさせているという背景となっているのである。
 このような行為は、こうしたギャングどものおきてや習慣や伝統を殺人やテロによってイラク社会に押しつける、新たな一章である。これらのグループはそうした犯罪の基盤を作りその凶暴性を解き放ったイラク占領の産物である。したがって、占領軍はこうしたギャングどもの行為について全ての責任があるのである。
 イラク自由会議はこのような残忍な行為を強く糾弾し、イラク全土の全てのIFC支部に対して、安全部隊を設立して、女性を守り、これらの犯罪者に対して立ち上がり、彼らが出てきた洞窟に追い返すように呼びかける。
 それと同時に、イラク自由会議はイラクの女性に行われているこの凶悪な犯罪について世界の自由擁護勢力の関心を喚起し、イラクの女性を守る法律を実行するように政府に圧力をかける抗議行動を組織するものである。

「ネイション」誌にビル・ワインバーグさんが寄稿

ビル・ワインバーグ

ネーション誌 2007年12月24日号

 現在進行している大量殺人によって大見出しからは隠されているが、イラクには活発な市民によるレジスタンス[抵抗運動]が存在し、占領軍と占領軍が保護している拷問政権と、そしてまたイスラム主義やバース主義の反乱者にも反対している。攻撃を受けているこの反対勢力-それは抑圧と暗殺の脅威の下にさらされている-は女性の基本的な自由を生き続けさせるために闘い、ハリバートン社や他の契約企業に反対する労働者の闘いの先頭に立ち、イラクの石油や他の資源の民営化に反対し、政教分離したイラクの将来を追求している。彼らが強調していることだが、いわゆる「イスラム政治勢力」が紛争の両方の側-すなわち、対占領協力者の政権と武装反乱者である-を支配している。このどちらの側もが反動的で疑似神権政治的な体制を押しつけようとしているのである。
 政策研究所のフィリス・ベニスがこのジレンマを明確に述べている。:「アメリカによるイラク侵略と占領の当初から巨大な問題が存在する。すなわち、我々が耳にする唯一のレジスタンスは軍事レジスタンスなのである。主要な分野の組織-石油労働者や女性や人権擁護者や他の多くの人たち-は全て、自らの安全を大変な危険にさらしながら、占領に反対する活動を続けてきた。彼らの多くは地域で活動をしていて、ほとんど全てがアメリカが支配するグリーン・ゾーンの外で活動しているので、彼らの活動に出会うことは西側のほとんどのジャーナリストはないし、アメリカの主要メディアのジャーナリストが出会う機会はほぼ全くない。」
7月4日にバグダッドで人気の高い市民の自己防衛部隊の指導者が殺害された。イラク自由会議(IFC)-それは市民レジスタンスの連合体である-によると、アメリカ軍の特殊部隊とイラク国家防衛隊が午前3時にアブデル・フセイン・サダムの自宅を襲撃し、警告も発せずに彼と彼の若い娘に発砲した。襲撃者たちはアブデル・フセインを連れ去り、血を流したままの娘は床に放置した。2日後に彼の死体が地域の遺体安置所で発見された。昨年来、アブデル・フセインは地域住民を守るためにIFCによって組織されている市民パトロール隊である安全部隊の指導者となっていた。他の多くのIFCメンバーと同様に、彼はサダム・フセイン政権の反対者であり、1990年代に2年間投獄された。彼の死は世界のメディアによってほとんど無視された。
 しかしながら、8月3日、日本の反戦グループの全交-平和と民主主義をめざす全国交歓会の略称である-の約100人のメンバーが虐殺に抗議して東京のアメリカ大使館の近くに集まった。一つの横断幕にはこう書いてあった。「アメリカ-イラクの治安部隊は市民の権利を推進しているのか、それとも独裁国家の殺人行為を推進しているのか?アブデル・フセインは死体で見つかったぞ!」と。
 ここで発言した中に2人のIFCの指導者がいて、その一人はサミール議長であったが、彼はこう言った。「アブデル・フセインは『スンニでもない、シーアでもない、人間にイエス』といったが故に、占領のない、宗派主義民兵のいないイラクの市民社会を建設しようとしたがゆえに、まさにそのために、彼らはアブデル・フセインを殺害したのです。彼らは、自由な社会にイエス、非暴力の社会にイエス、占領にノー、宗派主義ギャングどもにノー、と発言するイラクの唯一の声であるIFCを打ち倒せると思っています。しかし、それとは反対に、アブデル・フセインの暗殺後、多数の人々がIFCに加入しました。私たちは世界中から連帯のメッセージを受け取りました。みなさんのような民衆の支持がある限り、私たちは決してあきらめません。」
 IFCは2005年に結成され、労働組合や女性団体や地域の住民集会や学生グループを政教分離したイラク国家と占領の集結という2つの要求によって結集した。過去1年間の全交のもっとも顕著な成果は40万ドルの募金を集めたことであり、そのことでIFCが衛星テレビ局のサナテレビを開局する支援を行ったのである。
 サナテレビのロンドン・スタジオの責任キャスターで、バスラ出身の亡命者のナディア・マフムードは抗議行動参加者たちに言った。「私たちがIFCを結成したのは、占領にも、スンニ派やシーア派の民兵にも反対するためです。イラクに民主主義を持ち込むためにやって来たのだと言っているアメリカが、私たちの指導者を暗殺し私たちの事務所を襲撃するのはこれが理由です。そして、だからこそ私たちは占領を終わらせろと要求しなければならないのです。」
 他にもIFCの指導者たちは暗殺されてきた-それは普通、正体不明の民兵によって行われる-そして、IFCの本部およびサナテレビの国内スタジオとして使われているバグダッドの事務所はアメリカ軍によって2回にわたって襲撃された。マフムードとアディルが言うには、IFCはますます成功を収めているがゆえにそれだけますます脅威となっている-組織労働者と団結してイラクの石油の民営化に反対し、政教分離の反占領勢力を共同戦線にまとめ、バグダッドやその他の都市で宗派主義民兵から地域を解放しているのである。
 一方でアディルはIFCの安全部隊は武器を携行していると言う。-「イラクのどの家庭にもライフルがあります。これは武器がどのような使われ方をするかの問題にすぎません」-彼はIFCが市民による闘争を追求しているのであり、IFCのメンバーは反乱者ではないと強調する。「基本として私たちは武装レジスタンスの権利は当然あると考えています。」とアディルは言う。「しかし、今イラクに必要なのは市民レジスタンスだと私たちは確信しています。武装レジスタンスはイラクにテロをもたらしただけで、イラクを国際的な戦場に変えてしまったのです。」
 アディルはまた、サダム・フセインの独裁に反対する政治や労働者の闘いのベテランでもある。1992年に6ヶ月間投獄され、彼は牢獄で拷問を受けた。-彼は決して帽子を脱がないが、頭皮からこめかみに長い傷跡がのびているのが見える。彼はカナダでの亡命からイラクに帰国し、独立した政治的反対勢力の復活を助けた。
 アディルによれば、この反対勢力は2つの敵、すなわち占領軍とイスラム政治勢力に立ち向かっていると言う-スンニ派はアルカイダと結びつき、サウジアラビアに支援されているし、シーア派の民兵はイランから様々な段階の支援を受けている。これらの勢力がバグダッドを敵対陣営のつぎはぎ細工に変えてしまった。IFCは指導者の中にスンニ派とシーア派の両方の政教分離派のムスリム(そして無信仰者)を入れている。クルド人やさまざまな伝統を持つ人々も入れている。アディルの主張によるとIFCは現在バグダッドやバスラやモスルやキルクークやティクリートなど20都市に存在している。「私たちには幾千幾万もの支持者がいます。私たちは日々大きくなっているのです」と彼は言う。10月21日にキルクークで開催されたIFC第1回全国大会には、イラクの全ての主要都市から選出された代議員が出席した。
1年以上前にフセイニア地区で創設された約5000人が住むIFCのバグダッドの自治地区は、宗派浄化によって引き裂かれた町にある共生の孤島になっている、とアディルは言う。安全部隊のおかげで、その地区は宗派主義民兵の立ち入り禁止地帯となった。「2006年9月以来、フセイニアでは宗派主義者による殺人は起こっていません。」とアディルは誇る。IFCはバグダッドのスンニ派・シーア派の混住地区でさらに多くの自治地区を設立するために活動中であり、キルクークにも同様の自治地帯を持っている。
 アディルは暴力的な宗派主義の危機を作り出した責任をどこに求めるかについては明確である。「占領軍とアメリカが押しつけた憲法がイラクをスンニ対シーアへと分断しました。IFCはイラク社会のこの分断に反対する唯一の勢力なのです。」
 安全部隊は増大しつつあるIFC支持の柱である労働組合活動家が増えている。9月7日のバスラでの記者会見にはIFCの反石油法戦線の代表がイラク石油労組連合に合流して、外国の多国籍企業に広範な利用権限を与えるアメリカが書いた石油法の通過に反対するようにイラク国民議会に警告した。IFOU[イラク石油労組連合]のハッサン・ジュマ議長もIFCの中央評議員であるが、もしも法案が承認されたら、労組はイラク南部の油田から引いているパイプラインを閉鎖するだろう、と発表した。その5日前には、IFCがバグダッドの解放広場で抗議行動を展開した。アメリカ軍が集会を包囲し、広場への出入りを封鎖した。
 6月4日にIFOUは石油法に抗議し労働者に対して支払われるべき諸手当の支払いを解除させるために、4日間のストライキを打って、バスラ-バグダッド間のパイプラインを麻痺させた。ジュマを含む4人の指導者たちは「イラク経済への破壊活動を行った」からと逮捕命令を出された。逮捕命令は正式には決して撤回されなかったが、ストライキが終わったときには執行されなかった。ストライキの後にバスラにイラク陸軍の大部隊が駐留したにもかかわらず、7月16日のIFOUの反石油法戦線のデモ行進は数千人を参加させた。政府は最近、もしも組合が新たなストライキを打ったら、逮捕命令を執行すると脅迫した。
 ジュマは「石油法はイラク民衆の願いを代表するものではない。」と5月に組合から出した声明の中で言った。「石油法は外国の石油企業を石油部門に参入させ、いわゆる生産分与協定の下で民営化を実行するものである。IFOUは世界の全ての労働組合に我々の要求を支持し、各国政府と石油企業にイラクの油田に参入しないように圧力をかけるように呼びかける。」
 イラクの労働者の指導者たちももちろん、殺害の標的になっている。9月18日にIFOUは組合指導者のタリブ・ナジ・アバウは、アメリカ軍が車中の彼に発砲して射殺された。この殺害は標的を決めた暗殺ではなくて、むしろむやみに発砲するのを好む兵士たちの事例であったかもしれないが、それは長期にわたって続く組合活動家殺害の最新例にすぎなかった-ほとんどの殺害は民兵や暗殺部隊によって実行されるのである。
 危険な目に遭い脅迫を受けながらも、反石油法運動は高揚している。9月22日に反石油法戦線によって呼びかけられたバグダッドの解放広場での第2回集会は、数百人を参加させた-それは恐怖の雰囲気の中で顕著な成果であった。
 IFCの設立団体の一つであるイラク女性自由協会は、新憲法反対運動の先頭に立ったが、新憲法は1959年の政教分離の個人地位法をくつがえして代わりに家族内の紛争をシャリア法[イスラム法]の法廷にゆだねるものであった。OWFIの指導者のヤナール・モハンメドが言うには、この憲法は抑圧的な雰囲気を推し進め、ベールをかぶるのを拒否する「不謹慎な」女性に対して硫酸を投げつける攻撃が増加している。OWFIは占領下で急増した「名誉のための殺人」から逃れてきた女性のためにバグダッドでシェルターを組織している。モハンメド自身がおびただしい数の殺害脅迫を受け取っている。
 全交に加えて、IFCの連帯グループはイギリスやフランスや韓国で結成されている。アメリカではアメリカ反戦労働者の会がイラクの労働組合指導者の演説ツアーを行った。しかし、アメリカ合衆国ではイラクの市民レジスタンスのことはまだほとんど知られていない-左翼においてもそうである。
 イラクの市民レジスタンス運動について聞かれたときに、人気のあるインフォームド・コメント・ブログの発行者である中東学者のジュアン・コールは、「彼らは大部分が今のところ亡命していると思います。宗教グループの方がよく組織されていて海外からの資金を得て準軍事的組織を持っています。」と言っている。「野蛮の衝突」の作者である作家のギルバート・アッチャーだいたい同じ意見で「悲劇的なことだが、中東地域全体では、実際には左翼の進歩的な解放勢力は、歴史的な敗北の産物として、全く些末なものとなっている。」と述べている。しかし、アッチャーは石油労働者の闘いに勇気づけられている。「イラクで支持をする価値がありそうだと思うのは、バスラの石油・ガス労働者組合である。」と彼は言う。「これは真に自主的な労働組合である。そして彼らはとても敏感な立場にある。というのも、石油産業がイラクの主要な資源であるからだ。」
 ベニスもまた希望がそこにあると見ている。「石油労働組合はイラクの労働者そしてまたイラクの主権と統一を守る地域および全国での動員の驚くべき実例を提供している…。アメリカ反戦労働者の会の活動は、イラク占領に反対して労働者を動員し、同時に石油労働者への支援を作りだし、そしてまた別の一方の側からの国際連帯の実例を提供している。」
 「占領軍とイラクのカイライ政権がこの紛争を作り上げたのです。」とナディア・マフムードは言っている。「彼らが民兵を支え、テロリストのネットワークに門戸を開きました。アメリカは政治的自由を支持していません。彼らはイラクの資源を盗み出すことを追い求めているにすぎないのであり、もう出ていくべき時なのです。」しかし彼女は、アメリカの撤退によって平和が実現し政教分離の体制ができるとするならば、市民レジスタンスは海外の友人からの支援を得ることが必要であると強調する。「イラクのアメリカ軍に勝利することはイラク国内の勝利ではないでしょう.-それは国際的な勝利となることでしょう。」

2007年12月5日水曜日

IFCがイラクにおける米軍の長期駐留策動に反対

アル・マリキとブッシュの協定に関する声明

イラク自由会議 2007年11月27日

 メディアはジョージ・W・ブッシュ大統領と占領軍に忠実なアル・マリキ・イラク首相の間の協定が締結されたことを明らかにした。この協定ではアメリカ軍に長期にイラクにとどまることを委託している。アル・マリキはメディアに対する声明の中で、このような協定がイラクに対する国際的な信託統治状態を終わらせると言ってこの協定を正当化した。

 この協定は、アル・マリキだけに賞賛され賛成されているのだが、アメリカ政府が拡張主義政策を開始して経済上、政治上の計画を押しつける基地にイラクを変えるものである。

 この協定は、ヌール・アル・マリキが民衆をだまそうとしているものだが、イラクをアメリカ政府とその軍隊と情報機関とスパイと抑圧政策の指揮の下に置き、自由と平等を求めるあらゆる自由擁護の声と願いを抑圧し弾圧するだろう。こんなことがイラクと中東全域を不安定化することに付け加わるのである。

 アル・マリキがこの協定に署名をしたのは、彼の内閣が大臣の半数以上が辞任して法的な根拠も正当性も失ったあげくに、アメリカ政府の支援を獲得することによって自分が政権内のトップの地位を維持するためである。従って、アル・マリキはイラクを永久にアメリカの軍隊とスパイ活動の基地の手にかかる人質にしたのである。

 殺人や、略奪や、宗派勢力による犯罪や、中東のあらゆる軍隊を引き寄せて民衆の治安と安全を危機に陥れていることや、イラクを復讐の場に変えてしまったと言った、イラクで起こっている事態に責任があるのはアメリカである。この協定は、こうしたあらゆる惨事に責任のある政策を永続させるものである。

 イラク自由会議はこの協定を糾弾し、イラク国民と世界の自由擁護勢力に、占領軍を追い出し、その統治機構の全てを解体する闘いを継続することを誓う。

 占領を終わらせることなしにはイラクと中東地域の安全も安定もあり得ないのである。

2007年12月4日火曜日

アメリカの対イラン戦争にNO…アメリカ政府の傲慢を止めなければならない

アメリカの対イラン戦争にNO…アメリカ政府の傲慢を止めなければならない

イラク自由会議 2007年11月20日 

 昨日、イランの核の資料に関する国際原子力機関(IAEA)の報告が明らかになったが、その結果、アメリカ政府は対イラク戦争に劣らない野蛮な新たな戦争を今度はイランに対して準備するためにメディアの中で悪質なキャンペーンを開始した。

 軍事化と軍事力の使用はアメリカ政府がその覇権を世界に押しつけるイデオロギーの主要な要素である。戦争を鳴り物入りで宣伝するというのは、ヨーロッパ連合やロシアや中国のような国際的な競争相手を牽制するいつものアメリカの政策の一部なのであり、この政策はイラクで実行されて、第2次湾岸戦争と経済封鎖の押しつけを開始して13年間継続し、その後イラクを占領した、その政策の延長なのである。

 その一方で、イラン政府は、核兵器を保有することによって自分の身を守ろうとしていて、イラン民衆の安全と治安については無視をして、アメリカ政府が対イラン戦争を開始したら幾百万人もの罪のない人々の身の上に何が起こるのかということは一顧だにしない。それと同時に、イラン政府はこの雰囲気を利用して、政府の身を守るためにイラン民衆を戦争の破滅へと追いやろうとしているのである。

 この紛争のまっただ中で、イランの民族主義政党やアメリカ政府に忠実な他の政党はアメリカによる対イラン戦争を支持するために立ち上がったが、それはイラクに対する戦争と占領の直前にロンドン会議政党として知られたイラクの諸政党がやったことと同様のことである。

 我々はイランの民衆に注意を呼びかけるが、ムッラー[イスラム法学者]どもを退陣させろとか、戦争とイランを破壊し経済制裁を強めることによって自由が与えられるのだというアメリカの政策にだまされてはならない。イラクはこの悪辣な政策の実例なのであり、アメリカの政策は17年間以上に及び、アメリカの政策の代償を払っているのは民衆なのである。4年以上の占領で、120万人以上が命を失い、400万人以上が難民となり、内戦と宗派間の戦争や、政治の大混乱や、テロや、宗派勢力のマフィア以外には何も見えない暗黒の将来の結果、数多くの罪のない人々が倒れている。結局、イラク国民が得たものは荒廃と破壊だけなのである。

 イラク自由会議は、いかなる口実や正当化によってもイランに対する戦争を開始する情勢を準備するアメリカ政府の試みに対して非難と糾弾を表明する。イラク自由会議は対イラン戦争に反対するイランとイラクと世界の人道主義の戦線に立ち、イラクと世界の全ての支援者に対して、アメリカ政府が自らの傲慢を世界に押しつけようとする愚かな試みに反対する抗議運動の隊列を強化するように呼びかける。そしてまた、IFCはイラン国民に呼びかけるが、アメリカと同じ展望を分かち合うイランの諸政党の空虚な宣伝と非人間的な政策には、何の利益ももたらさないが故に、だまされてはならない。イランに対する戦争の危険を取り除く道は、イラン民衆がムッラーどもを打ち倒す闘いを強化することによるのであり、それが自由を獲得する唯一の道である。

2007年12月3日月曜日

IFCに新たに1万7000人の組合が加入

技術職組合がIFCに加盟

イラク自由会議 メディアセンター 2007年11月22日

 2007年11月11日、技術職組合(1万7000人以上の労働者を加入させている)がサミール・アルモサウィ副委員長と石油事業労働組合のガジ・ムフティン委員長とのサナテレビのインタビューの中でIFCに加盟した。

 我々の兄弟であるアルモサウィとムフティンは、彼らの加盟は占領軍と宗派主義ギャングどもを一掃するためにIFCを強化して自由で平等な国を作るための最初に一歩になるだろうと誓ったのである。

2007年12月2日日曜日

トルコによるイラク・クルド地域に対する脅威についてのIFC第1回大会の声明

トルコによるイラク・クルド地域に対する脅威についてのIFC第1回大会の声明

イラク自由会議第1回大会 2007年10月20日

 トルコ議会は、PKKによって向けられている危険の除去を口実にして、トルコ軍のイラクのクルド地域[クルディスタン]に対する軍事攻撃の開始を認める決議を採択した。その結果、トルコ軍はクルド地域の数カ所に対する空爆とトルコとイラクのクルド地域との間の国境に対する挑発的な軍事展開を開始した。


 最近のこの決定は、イラク問題に介入するためにトルコ政府によって利用される口実にすぎない。なぜならば、PKKの活動は25年間以上存在してきたのであり、歴代のトルコの政権はこのような熱狂的愛国主義の敵対的な決定を発表したことはなかったからである。イラクのクルド地域に対する軍事作戦行動を開始するという今回のトルコ政府による公然たる宣言は、アメリカが政治紛争の悪化をコントロールすることができないし、する能力を失っていることへの反響となってあらわれたものである。従って、トルコを含む中東の全ての諸国は、イラクにおけるアメリカの政策とその政治プロセスやシナリオ全体とは離れて、軍事力によって自らの権益を求め確保しようと決意したのである。


 クルド地域民衆の治安と安全を守ることは、自由で人間的な社会、すなわち戦争と暴力のない社会を建設するIFCの闘いの一部である。イラク自由会議は、クルド地域民衆の治安と安全に対するトルコ軍の脅迫に反対して立ち上がるように、全世界の自由擁護勢力に訴えるものである。

2007年12月1日土曜日

アル・マリキとブッシュの協定に関する声明

アル・マリキとブッシュの協定に関する声明

イラク自由会議 2007年11月27日

 メディアはジョージ・W・ブッシュ大統領と占領軍に忠実なアル・マリキ・イ
ラク首相の間の協定が締結されたことを明らかにした。この協定ではアメリカ軍
に長期にイラクにとどまることを委託している。アル・マリキはメディアに対す
る声明の中で、このような協定がイラクに対する国際的な信託統治状態を終わら
せると言ってこの協定を正当化した。


 この協定は、アル・マリキだけに賞賛され賛成されているのだが、アメリカ政
府が拡張主義政策を開始して経済上、政治上の計画を押しつける基地にイラクを
変えるものである。


 この協定は、ヌール・アル・マリキが民衆をだまそうとしているものだが、イ
ラクをアメリカ政府とその軍隊と情報機関とスパイと抑圧政策の指揮の下に置き
、自由と平等を求めるあらゆる自由擁護の声と願いを抑圧し弾圧するだろう。こ
んなことがイラクと中東全域を不安定化することに付け加わるのである。


 アル・マリキがこの協定に署名をしたのは、彼の内閣が大臣の半数以上が辞任
して法的な根拠も正当性も失ったあげくに、アメリカ政府の支援を獲得すること
によって自分が政権内のトップの地位を維持するためである。従って、アル・マ
リキはイラクを永久にアメリカの軍隊とスパイ活動の基地の手にかかる人質にし
たのである。


 殺人や、略奪や、宗派勢力による犯罪や、中東のあらゆる軍隊を引き寄せて民
衆の治安と安全を危機に陥れていることや、イラクを復讐の場に変えてしまった
と言った、イラクで起こっている事態に責任があるのはアメリカである。この協
定は、こうしたあらゆる惨事に責任のある政策を永続させるものである。


 イラク自由会議はこの協定を糾弾し、イラク国民と世界の自由擁護勢力に、占
領軍を追い出し、その統治機構の全てを解体する闘いを継続することを誓う。


 占領を終わらせることなしにはイラクと中東地域の安全も安定もあり得ないの
である。